猫嫌い

















 自分が猫を嫌いなのには理由がある、彼はそう言って手を組んで座り込んだ。


「……俺、前世の記憶があるんだ」
「……………………………………………………………………」


 そうか、病院は病院でも、アレルギーとかの皮膚科じゃなくて精神病院のほうだったか。


「………安心しろ、いい精神病院紹介してやるからな…」
「待て待て待て引くな!引くなって!最後まで聞け!」

 彼が慌てふためいて立ち上がる。
 精神病患者を興奮させてはまずい。
 どうどう落ち着けととりあえず椅子に座らせ、生暖かい目で話を聞いてやることにする。

「何だその目……まあいい、とにかくだ、前世の俺は」

 彼は真剣な顔になって口にした。
 大真面目に。







「ネズミだった」

「………………」






「だから引くなって言ってるだろ!あーもう、続けるぞ!
……それで、ネズミだった俺は、勿論猫なんか天敵中の天敵、地面の中に逃げても追いかけてくる蛇なんかも天敵だったが、とにかく俺にとっては猫が一番の天敵だった。人間の近くに住んでたからな、俺は」

「そりゃあ猫に追いかけられたネズミの記憶があっちゃあ猫嫌いにもなるわな……。いや、正確には猫恐怖症というか」

「追いかけられるならまだしも、前世の俺の死因は猫に食われたことだ」

「食われた?」

「ああ、爪で散々嬲られて、息も絶え絶えの俺をあのにっくき猫野郎はがぶりと喰い千切り……」
 

 俺は思わず目の前のこいつが息も絶え絶えの重症で恐竜に食われる図を想像した。
 具体的に言うとジュラシックパークのアレだ。
 ちょっとどころでなくグロい。
 人間の世界で起こるととんだパニック映画だが、自然界では別に普通にあることなわけだな。
 つまりいつか目の前で起こっても驚くに値しないということか。
 よし、今から心の準備をしておこう。


「胴体がちょちょ切れてもまだしぶとく意識のあった俺は、頭から猫の口の中に食われていったというわけだ……」

 自分の腕を抱いてぶるるっと震えるこいつに、俺はなんとなく同情した。
 そんなワケのわからない夢だか妄想だかでこんなに可愛い猫を怖がる羽目になるなんて……。人生の潤いを自ら捨てているようなもんだ。

「そうか……大変だな……」

「待てなんだその薄っぺらい同情の視線!?
妄想じゃねぇっての、マジだって!そりゃ確かに夢かもしんねーけど、小さいころからそんな記憶があれば心の底から猫が苦手っつーか、駄目なのはわかるだろ!?」
「それはまあ」
「だろ。前世がネズミってのはまあ、今は人間様だし下克上!みてぇな感じで別に嫌でも何でもねぇんだけど、この記憶だけはどーもな……」


 どうりで彼が昔から猫を見る視線には、まるでドラゴンを見るような底知れぬ恐怖が秘められていたワケである。
 前世はネズミ、現在人間、身分は化け物だってバッチ来いなストリートファイター兼用心棒、その腕前は彼も認めるところ。

 目下、猫だけが弱点のようだ……。





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